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2011年7月

2011年7月30日 (土)

講習最終日

去年開講して反響の大きかった武部聡志氏によるポップスアレンジ講座。
受講生30人の枠はあっという間にいっぱいになり小ホールで行われた公開レクチャーとミニライヴを見た。
前半は武部氏のプロフィールを自ら紹介。麻布高校出身、国立音大卒というのは氏を含めて3人いるとのこと。
一人はジャズピアニストの山下洋輔氏、それから作曲家の神津善行氏、そして武部氏の3人。高校時代はずっとバンドを組んでいてロン毛だった。ユーミンのツアーの音楽監督を始め一青窈、今井美樹、JUJUのプロデュース、今夏公開の「コクリコ坂から」の音楽担当。など今をときめくプロデューサーなんだということを今日知った。

講義を聞きながら走り書きのメモから

アレンジは習うものではない。自分で見つけていくものだと。ポップスは独創性
はじめは模倣から始まる
理論はあとでつけたもの
音楽的な知識が邪魔になることもある
ポップスの世界ではコードネームが共通語(英語のような役目)
人の色を入れると自分の色が薄まる(ユーミンより)
パッケージは変わっても(音楽の配信の仕方は変わっても)中身は変えないで

★時代性(パッケージ)
☆普遍性(色あせない)
★大衆性(より多くの人に)

後半 松本英子さんの歌を交えてライヴ
一青窈の「ハナミズキ」をジャズ風、ボサノバ風、そしてオリジナルと3週類を歌い、弾き分ける。NHKの「プロフェッショナル」の番組主題歌"Progress"
の熱唱、熱演。
私の感想:そんな特別なことをやっているわけじゃない。
だけどここぞというときの気の利いたコードやおかず、それが惹き付ける。

若いときからもの凄く忙しかったので朝8時から12時までの間に2曲をアレンジする習慣がついているということに驚く。年間250曲の作曲のアレンジや編曲を手がける。それは1月に平均25曲。この時間にこの仕事をやろうと決めて出来なかったことはない。と。

私のやりたいことはこういうことではないと思ったが・・・

現在のトップで活躍する人の生活を垣間みた気がした。

講習2日目

「魔笛」のアナリーゼも2日目。
この曲がフリーメイソンの思想の元に作られているということを初めて知った。タミーノとパミーナに与えられた苦悩。それを乗り越えて二人は結ばれる。それは浄化された愛として数々のオペラのラブシーンとしても名シーンとされるということだった。
モーツァルトのいいたかったことは人類愛であり、それはパミーナとパパゲーノによる2重唱で表されているということ。

当時の和声学で禁止事項を、またシューマンのよく使っていた和声展開もすでに使っていてそのあたりがモーツァルトの素晴らしいところ。

それから”胸キュン和音”といっていたが、Ⅴ→Ⅵの偽終止が恋する気持ちを表す。

また、再三登場するナポリの和音:絶望を表す。

そして、実演を交えてのアナリーゼ:夜の女王、パミーナ、タミーノ、パパゲーノ、フルートとピアニストによるアリアの生演奏が聞けた。
講義の最後、質疑応答を聞いて、福岡からいらしている人もいたり、演出家もいたり、マニアックな熱心な方たちばかりだった。

今日の日記

帰国生入試の説明会:小、中、高、大学まで多くの学校がそれぞれブースを作っていて好きに自分の興味ある学校の説明が聞ける。人気のある学校とそうでない学校の差が歴然としていてそのことが印象に残った。

2011年7月27日 (水)

講習1日目

毎年恒例の国立音大夏期講習
今年から始まった作品分析講座のクラス
講師は山口博史先生
今日と明日2日をかけてモーツァルトの「魔笛」の作品のひらめきや発想、構成、職人的な技術力の素晴らしさを先生のピアノと、DVDの鑑賞をまじえて聴く。
登場人物の心理を表す微妙な和音の使い方、音程など、聞いていて感心することばかりだった。
明日は国音卒業生による実際の演奏も聴ける!
しかもあの魔笛のフルートもまじえてとのこと。
凄い楽しみ。

それから今回の講習は山梨の友達も来ていて、彼女のオリジナル曲を伴奏あわせするという目的もあり今日は初合わせの日だった。
自分で無伴奏で歌っていたときとは全然違った曲になった感じさえした。



今日出逢った曲

ナクソスのお知らせの中で軽井沢音楽祭というのがあって、見ていた。
その中で、ドビュッシーの「フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ」というのがあった。早速視聴してみると、なんと!素敵な曲。これ行きたい!でも日にちは8月22日。。。 もう私はこっちにいないのだ・・

2011年7月26日 (火)

朝起きて

本番が終わってさすがに疲れたのか昨日まで声がかれてた。

歌ってみないと分からないが。でも、明日から4日間講習が始まる。

今日絶対録音録らなきゃ。友達の曲もさらわないと。今日はカンヅメでやる。

2日歌わないと体重が増えてる。自分の顔じゃない!

2011年7月24日 (日)

長い2日間

昨日のお昼から今夜東京に戻るまでもの凄い長い2日間だった気がする。
三重でのコンサート無事終わりました。
自分の出来としてはちょっと課題は残ったけど充足感はあるかな。
今をときめくピアニスト赤松林太郎さんと、上海でお世話になっているヴァイオリンにスト佐藤美都子さんとの共演。250人のお客さんは全員太極拳を習う生徒さん。
2年に一度、生の音楽を聴かせたいという平賀先生の意向で今年は7回目。
そして平賀教室25周年というお祝いの記念コンサート。

三重総合文化センターのリハーサル室が会場だった。

なぜにリハーサル室かと言うと太極拳の舞いを全員で舞うためフラットな椅子のない場所でということから。それから演奏をまじかで聴ける便乗感が好評なため。

でもきちんとした照明とスタインウェイ、そして響きも申し分ない会場だった。

自分としては試行錯誤しながらも毎日の練習を続けていて今の自分としてはこれ以上は出来ないなというところまで来ていた。

1部はブレスのコントロールが今ひとつで伸びやかに歌えない曲もあったけれど2部はだいぶ余裕があった。

今自分に必要なのは本番でも動じない強い気持ちだな。

太極拳を習う皆さんの元気なお顔と何よりも平賀先生のかっこいい舞いを堪能した。

静と動の間を”気”がまわってどこにも無駄のない、無理な力の入っていない美しさだった。

プログラミングもピアノソロ、歌、バイオリン、そして3人のトリオのポピュラーなど盛りだくさんで、皆さんに非常に喜ばれた。

皆さん本当にありがとうございました。

■会場:三重県総合文化センター 第一リハーサル室
■日時: 2011年7月23日(土) 開演13時00分
     関係者のみ

■主催: 日本健康太極拳協会三重県支部平賀教室

[Program] はこちら

      <第1部>

      ブラームス: インテルメッツォ Op.117-1 

      ドビュッシー: アラベスク 第2番

      ショパン: エチュード Op.10-12「革命」

      メンデルスゾーン: 歌の翼に Op.34-2

      シューマン: 歌曲集「ミルテの花」Op.25~「献呈」

      プッチーニ: 歌劇「ジャンニ・スキッキ」~「私のお父さん」

      モンティ: チャルダーシュ 

      マスネ: タイスの瞑想曲

      サラサーテ: チゴイネルワイゼン Op.20

     <第2部>

      ラフマニノフ:ヴォカリーズ(全員参加太極拳の舞い)

      スクリャービン: 左手のための前奏曲とノクターン Op.9

      滝廉太郎: 荒城の月

      越谷達之助: 初恋

      ガーシュイン: 歌劇「ポーギーとベス」~「サマータイム」

      ユー・レイズ・ミー・アップ

      A.Gargon:明日  (平賀先生太極拳の舞い)

      アンコール:浜辺の歌

      ヴァイオリン独奏=佐藤美都子、ピアノ独奏=赤松林太郎

      ソプラノ独唱=温田絵里子

2011年7月20日 (水)

一番落ち着けて、一番気が散る場所

それは自宅といえる。
しょっちゅういろんなことが気になる。
誰の気兼ねなく音が出せるのはいいけど人が聞いていないと言うのは意外と駄目なんだな。誰かが聞いている方が集中できるのかも。
そうはいってももう本番2日前なので声はきちんと納得いくまで出す。
立ち上がりが朝一はいまいち。
気分的なことでなく、生理的なことだと思い込んで、自分を納得させる。
声の善し悪しで、気持ちの集中が微妙に変わってくる。
ピントがずれているように、どうしたってうまくいかないときもある。
それは、たいがい気持ちよくないときだ。わだかまりがあるときは絶対うまくいかない。空気が廻っているようなほろほろ感を実現できたらすべてうまくいく。
そしてどこかに第三者の自分がいて感情だけに溺れない。
これが本番で出来たら満足。

2011年7月18日 (月)

フィナーレに向かって

久しぶり、不協和音が頭に浮かび、楽譜に殴り書き。
拍子感もよく分からず調性も分からず思うがままに書いた。
今日はそれを夜になってからフィナーレで打った。
何度か再生する。そうすると無駄なものが見えてくる。
ピアノに向かってなくても直せる。
統一性という立場からいったらグレーということかな?
でも私にはそういう曲も必要。

これにふさわしい楽園のような音をコントラストにしたらどうかという案がある。

2011年7月15日 (金)

多分1年半ぶり

わざわざ録音するために上海から録音機材を持って来たんだから
それに今やっておかないとなんだかんだまた録音できずに終わってしまう。
そう思い立って一昨日は一日ピアノに向かってた。
新しい曲をアップしないでもう1年半も経つ。この間何してたんだろ。
録音すべき曲は2曲あるけど先ずは1曲。
でもいつもそうだけどあまり弾き込んでいない状態で録音はやっぱり大変。
普通に弾くより余計な気持ちも使うし。
その日は満足いくまではいかなかった。
私は書く方に徹してピアニストに頼めるようになれたらいいんだけど・・

昨日は炎天下の中、中孝介のライブにいった。
池袋東武デパート屋上のライブ会場。
友達と待ち合わせて池袋に向かう。
彼女は私の曲を練習しててくれて、私は彼女の書いた歌を歌うから
その話で盛り上がった。
彼女の思いの丈を歌にしたメロディーにいつも感激。私は彼女の曲のファンなのだ。
中孝介の生声。沖縄民謡の地声と裏声を連続して高音に持ってく感じがちょっと理解不能だったけど。新曲はかっこいい曲だったな。

2011年7月14日 (木)

本の出会い

本屋さんで緑の表紙に目が止まりまるで私を待っていたかのような感覚
「老子、荘子の名言」
ぱらぱらと中身を見るやこれぞ今の私に必要な本。
北海道の素晴らしい空気感を感じる写真と、老子、荘子の格言とその説明が交互に見られるこの本。
行のあちこちに赤線を引っ張りたくなるような文章にほろほろと感動して止まなかった。

その中で「朝三暮四」
猿使いたちが猿たちにいった。「お前たちにトチの実をあげたいのだが、朝三つ、夕方四つでどうかなと。猿たちは怒った。「では朝四つ、夕方三つにしよう」と言うと、猿たちは喜んだ。

自分の愚かさを知ること
〜中略〜
愚かさと賢さの違いは、どこにあるのか。
その差は案外ごくわずかかもしれない。愚かな人は、自分の愚かさに気がつかず、自分は賢明だと思っている。賢い人は、自分の愚かさに気づいている分、謙虚でいられる。その小さな差が、大きな差を生む。賢明に生きたいのならば、先ず自らの愚かさに気づかなくてはならない。

2011年7月 8日 (金)

しばらくぶりの帰省

2泊3日で実家に帰った。
中央道の停車場から久しぶりに歩いて帰った。
辺り一面葛の花の匂い、そして小川のせせらぎ・・
小川のせせらぎの音がこんなに癒されるものだとは初めて知った。
まだ本格的な夏まではもう少しなのかな?と思わせる日差しだけど
幼い頃の学校の帰り道を思い出して懐かしかった。
すぐ下の妹と四六時中ずーっと話が尽きなくてあっという間に2日経ってしまった。
夜は気温が急に下がって明け方は毛布を被らないといけないほど。
暑くて寝苦しい東京とはまるで違う。
両親も少し年を取ったなと思ったけど、相変わらず元気そうで安心した。

考えたら3日間歌っていない。
夕飯の後、発声してみたらすぐに感覚を取り戻せた。
昨日は七夕。
曇っていて星は見えなかったけど、三日月のおぼろ月が見られた。

2011年7月 3日 (日)

思うこと

こちらに帰って来てからどこに行っても、きちんとシステム化されていて
無駄がないということ。それによく教育された接客。
これも慣れてくると麻痺して来ちゃうんだけど。
それはお店に始まって病院も凄く時間どおりにきちっとしていて
ビックリした。
娘が検査で病院へ行ったときも一人の検査が約30分になっており
きちんと30分弱で終わる。次の人は見ているとやはり30分で終わる。
これは凄いことだと思った。
人間ドッグに行っても実にスムーズに検査が進みあっという間に終わった気がする。
当たり前かもしれないけれど、上海では、例えば病院でも一般の外来と、VIPというのがある。日本でVIPというのは政界の人クラスでないとVIPにはなれないと聞いてるけど。上海の一般とVIPでは料金は一桁以上は違うし一般外来は朝6時に順番のカードを取りに行くのに先ず並び、病院へ行ってからも待ち...
これはでも日本も同じかな?
VIPになると受付で症状を言うと、症状に合わせた先生(それも偉い先生)が来てくれて薬も自分で取りに行かなくても持って来てくれる。
待ち時間はそれほどない。(ほとんどの日本人は外人専用の病院にかかるのだが。)
それに比べて一般は午前中いっぱいはかかる覚悟でないと駄目。
しかも病院は人であふれかえっていてそれを見るだけでも気分が悪くなる。

昨日は娘の行っている塾で大学の説明会があった。
狭い教室がぎっしりの人だった。
2時間のうち3分の2は学校の説明や入試の説明だった。
注目したのはそのあとの模擬授業だった。
フランス語に通じている岩切正一朗先生のサミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」という戯曲についてだった。
ベケット自身がフランス語と英語両方でtextを書いていてそれがだいぶ違っているということ。岩切先生はその英語の方を元に訳した。先日の4月から5月にかけて新国立劇場で上演していたそうだ。
行きたかったな〜
「ゴドーを待ちながら」の舞台が戦争で町全体が廃墟になってそこでウラジミールとエストラゴンの二人の浮浪者がゴドーを永遠に待っているという。
それが図らずも3月の震災で町が廃墟になったことと重なり、その衝撃と不安の中で練習当時から舞台の見え方がこれまでとは全く違ったと語っていた。
その舞台を見た観客もそのことを思ったに違いない。

そこで二人が喧嘩して仲直りするシーンにメリーウィドーワルツが使われているという場面をDVDで見た。他にもベケットの「しあわせな日々」の中にもなぜか砂の中に埋まった老婆がメリーウィドーワルツを歌うラストシーン。それも動画を見た。非常にマニアックな授業と言えるが私はこういうのが大好きで、娘よりもこの授業を受けたいと思ったくらいだった。


 

2011年7月 1日 (金)

友達の曲

今日は練習室を4時間使える。
もの凄い暑さの中、駅まで向かう。
この暑さもなぜか愛おしい。

いつも後回しになっている友達の曲(ごめんね)
今日はさらえる。
呟きのような歌詞が素直に心に入ってくる。
そして無理のない音形。
彼女の気持ちがよく分かって英語の歌詞なのに
ちょっとうるうるしちゃう。
今度彼女と合わせる時、録音を録ろう。
うまくいけばホームページにそのコーナーを作って
視聴できるようにしよう。

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