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2011年3月

2011年3月28日 (月)

上海エクスプローラーの記事

上海に住む日本人のための情報ネット
上海エクスプロアーに私たちの記事が載りました。

http://www2.explore.ne.jp/news/articles/16366.html?r=sh

2011年3月26日 (土)

震災救済チャリティコンサート

昨日はチャリティーコンサートの本番だった。
振り返ってみて、今回のステージほどリラックスできてしかも良い緊張感の中で
自分を表現できたのは初めてだった気がする。
1、2階席のある約1000人収容のホール。
音響的にコンサート用に作られていないため、歌とヴァイオリンはマイクを通す事になったが、非常に自然な音で聴く方も歌う方も頑張らなくても良かった。
最終的に入場者は400人以上に観客で7割は日本人と思われたけれど、最初から最後まで非常に静かで(上海のコンサートとは大違い)マナーもよくこちらとしてもとてもやりやすかった。
プログラム最後の方で日本の流行歌を2曲「明日」(平原綾香の歌)と、「涙そうそう」を歌ったが、そのとき皆さん感動されて思わず泣いてしまった。というお言葉を何人もの方から聞き、演奏する我々と、聴く人たちの気持ちが一つになったのだなと思って嬉しかった。
集まった義援金36060元は上海領事館を通じて日本に送られる。

準備が1週間だった割には、上海商城のGMのスピーチから始まって
日本語、中国語にまで訳され、本格的なチャリティーコンサートになってしまったが、大成功のうちに終わってお役目を果たせてホッとした。

コンサート直後挨拶できなかった方に電話でお礼を言ったら、即次なる義援金のためのコンサートに出演依頼が・・
これは本当の意味で自分のレパートリーを増やす良い機会かもしれない。

実は今日もチャリティーコンサートに出演する。
今日のは中国の恵まれない子供の施設を支援する団体Mifan-mamaのチャリティーイヴェント。我々を含め7団体が演奏する。私たちは3曲。
出番を1番最初と1番最後はやめてくださいと言ったら、しっかり最後から2番目になっている。
7時からエントランスで軽い軽食を食べて頂き、コンサートは8時から。
私たちの出番は夜10時・・・

そして今日は3時からリハーサル。
でも主婦もしなくてはで、ちゃんと夕飯の準備もしないと!

2011年3月24日 (木)

うち合わせ

昨日は午前中お稽古をして午後は音響チェックなど、会場へ赴きスタッフと打ち合わせ。思っていたよりマイクから出る音が自然に聞こえて良かった。
いつも雑技をやっている会場なので反響板などの設備がないためマイクを通しての演奏になる。その合間を縫って練習。いつもより歌っているせいか、すぐに自分のいい状態の声は出るようになった。でもやりすぎるとすぐに薄っぺらな声になってしまう。こうなるとあまり歌い過ぎは禁物。
昨日プログラムが一部変更になり、「荒城の月」を歌う事になった。
歌詞が・・・覚えられない。漢字で書いて意味を調べて。
歩いているとき、家事をしながら、お風呂に浸かりながら口ずさむ。
今回は練習1週間だから、譜面台をおかせてもらう。
目的は一人でも多くの方に来て頂いて、今被災している方のために義援金を送ること。
疲労がピーク。
でも今日は午前中から歌と伴奏合わせ。
午後はヴァイオリンも加わる。体力勝負。がんばれ〜/


2011年3月22日 (火)

時間を作って

昨日は朝からチャリティーの合わせ。
雨の中タクシーを走らせること30分。
歌とピアノの曲を合わせる。
お昼からはヴァイオリンニストのSさんとジョイン。
夕方まで入り浸って3人の知恵の限りを尽くす。
今日、明日は個人の練習。結局個人練習の時間を取ることがお互いの向上に繋がる。
会場である上海商城でもエレベータの中、またメールで私たちのコンサートの宣伝ポスターが貼られる。
知る限りの日本人ネットワークにメールが廻っている。
あとは自分たちが最善を尽くすこと。
今日は練習。

2011年3月18日 (金)

チャリティーコンサート

朝からずっとチャリティーのことにかかりっきり
はっきり言って今も。床についても目が冴え冴え。もうこれはやるしかない。
夕方から始めた一段譜で弾いていたものをちゃんと書き出してみる。
もう今回はフィナーレをピアノの横に置いてノート代わりにばんばん打っていった。そうしないと時間がない。平原綾香の「明日」は終わった。歌、ヴァイオリン、ピアノ。採譜は歌とヴァイオリンしかやってなかったからピアノのパートをコードを移調しつついつも自分が弾いている音を打っていく。
でももう一曲、
「涙そうそう」の弾き語り譜をダウンロードしたはいいが自分のキーではない。
今回すべて弾き語りは無理だから伴奏者を頼んだ。
こうなるとちゃんと音符の書いてある楽譜が必要。
自分でコードをみて適当に弾いている分には1段譜で良いが人に頼むとなると話は別。
フィナーレとnanoKEYに向かって全音上げる作業。
他のソフトだとこの移調がボタン一つで出来ると聞いているが
フィナーレは出来ないのよね?
出来るんだったら教えて〜
まずは打ってあるものがないと移調は出来ない。半分まで打ってもう今日はやめておこう。チケット制であってもなくても私たちは最善を尽くさないといけない。
今回は今自分のやっていることが被災者のためになるのだと思うと元気が出た。
明日は楽譜をそろえて伴奏者の家へ入り浸りヴァイオリンと3人で合わせる。
みんな強者どもだから^^とっても楽しみでもある。
良い声出さなきゃ〜
寝れるのかな?今日。
ハイテンション!でも明日のために寝る。

2011年3月17日 (木)

チャリティーコンサート

一日中ニュースをつけて原発の様子や余震の放送を聞いている。
被災している人たちのぎりぎりの生活を見て私としてもなにかしてあげられることはないか、どうにかならないのか、どうなってしまうのか。ずっと気になって仕方がない。
そんな中住んでいるマンションのスタッフからチャリティーコンサートの依頼が。
ヴァイオリンのSさんとともにメールで打ち合わせ。
チケット制にし、そのチケット代を赤十字を通じて被災地に何かの役に立ててもらおうというもの。

こんなとき音楽やってて人の役に立てるなら、こんな嬉しいことはない。
しかし、日にちは25日。時間は1時間。チャリティーにふさわしい曲選び。
伴奏者の手配。練習。
今日は上海でも朝晩は寒い。被災地の雪の景色をテレビで見てまた泣けてくる。
こんな寒い中ストーヴもなく我慢している日本人がいっぱいいる。
被災地じゃなくても輪番で停電している人たちもいっぱいいる。
自分に出来ることをやろう。

2011年3月14日 (月)

何か出来ること

誰に会っても日本の震災のことを聞かれ、国を問わずに励ましのメールを頂き
そして、何かしなくてはいけないと日本人の心が一つになっています。
娘の学校でも募金をしてもらうための手配が進んでいて、白い大きな布に
各国の言葉でメッセージを書いてもらおうとか、赤十字に募金したお金を寄付しようとか日本をアピールするために浴衣を着たりハッピを着ようとか..
娘の学校では24日を日本人を悼む日にして何か式典をする運びになっている。

2011年3月11日 (金)

大地震

マグニチュード8.8の大地震
私がこのことを知ったのはG♡Pでジーンズの試着をしているときだった。
娘からSMSでnihon de sugoi jisinn dayo obaacyanntachi daijyoubu?
試着しているジーンズをはいたまま外に出てすぐに実家に電話。
2回ほど繋がらなくて焦る。
3度目でようやく通じる。長野の実家は震度4だったそうだ。
長いこと揺れていたが大丈夫だということ。ほっと一安心。
家に帰るといつものインターネットテレビは見えない。インターネットが繋がりにくくなっているためだという字幕が出ている。
BSしか見ることは出来なかったが、目を疑うような津波の濁流。
うわ〜大変なことが起きたんだ。津波は日本全土におよんでいる。
東京は電車が不通で大パニック。
宮城の友達は東京で仕事しているが家族の安否が確認取れていないのだろう。
まだ連絡がない。
娘は母校の友達とずっとmixiで会話している。もう学校は休みに入っているが部活に出ていた生徒は今日は学校にお泊まりだという。
上海でもしこの規模の地震が来たらみんな死ぬのだろう。
この間もキッチンで鍋を焦がして相当煙が出たが、警報機は鳴らなかった。
またしてもこの間の上海の火事の時と同じビルのように、水の出るべきスプリンクラーはダミーなのだろうか?
明日スタッフに聞いてみよう。

悔しい思い

ここのところ連日娘が学校から帰って来てぼろぼろ泣いている。
わけを聞くと具合が悪くなったときの保健室の先生の態度がどんな人でも同じ対応で熱が無ければ帰されるということ。
具合が悪いのは熱だけじゃないのに・・
学校のポリシーだからの一言で終わってしまうという。
中にはただ眠くて寝にくる学生もいてその防御作らしい。
これに関しては主人が学校側に抗議。保健室の人も複数いるらしいからどこまでの改善が期待できるか分からないが・・
もう一つはプレゼンテーションをしているとき外人にくすくす笑われるということ。
一年足らずのインター校での勉強ではなかなか英語が自由ではなく
母国語のようにはもちろん出て来ないから

第2外国語がどんなに上手くたってもちろんネイティヴにはかなわないわけでそれは普段の私たちの上海生活にも言えること。
こちらが中国語で話しても”日本人が中国語を喋ってる”ではなくて彼らは自分の母国語と私たちの片言の中国語を比べているわけだからかなうはずがない。
道理で偉そうな態度なはずだ。
ふー。
片言でもこれが英語だと彼らはハッとするのだ。

昨日も26日のチャリティーコンサートの打ち合わせ。我が家で主催者にヴァイオリンニストとの演奏を聴かせた。英語圏の(おそらく英国人)二人の婦人が凄く我々の演奏を気に入ってくれた。

会場は1000人は入れるホールだが普段は雑技をやっている場所なので全く音響効果は考えられていない。
ヴァイオリンニストのSさんは自分の言いたいことをほとんどきちんと英語で言えていて彼女がいなかったら私はここにいられない。
英語が出て来ない・・・
そして聞き取れない・・・

言葉のない音楽となると国は関係なく同じ土俵に立てる。と同時通訳の方はいっていた。同時通訳が出来るほどの英語の腕前でもやはりネイティヴにはかなわない。
と音楽を羨ましいといっていた。
私の英語の歌詞でどれだけ伝わっているのか本当のところを知りたかったがそれに関しては何も言われなかった。

2011年3月 8日 (火)

International Women's Day

婦人デーのイヴェントに出演するため主催者とヴァイオリンニストと待ち合わせ、キーボードとマイクスタンドを車に積み込んで出かける。
今回は初めての企画でアメリカ、イギリス、オーストラリアの婦人たちが約100人集う。同じマンションに住むイギリス人主催者、Kさんは日本にも駐在したことがあるし中国も2度目。片言の日本語と中国語でジョークを飛ばしながらずっとハイテンションで振る舞う。
同じ英語圏でもお国柄ってあるんだろうなと思いつつ興味深かった。
黄浦江の河沿いの一角にある韓国人経営のフレンチレストラン。
オープニングでTo love you moreとYou raise me up2曲を歌う。
マイクを使っていたので半径10センチくらいのところに口を近づけていないと声を拾ってくれないのでずっと顔を動かさずに歌う。これって凄く疲れる。
当然体の重心を動かせず間奏のヴァイオリンの独走部分だけ気持ちよく鍵盤を弾けたが・・・
そんな裏話は彼らにはどうでもいいことで、各国の主催者には非常にありがたがられ、Emotionalとまで言われてとても嬉しかった。
実に欧米人は社交的で上品。ジェスチャーも大きく声も高いトーン。
彼女たちは歌うことが日本人より楽なんだろうなーとそんなことを思った。

上海がインターナショナルな場所であることを又実感した一日だった。

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今日のランチチケット しっかりと私たちの名前も

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レストランから見た浦東側

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2011年3月 7日 (月)

これでいいのかな

明日は婦人DAYのイヴェントで弾き語りするため
ヴァイオリンのSさんが午後に来て合わせをした。
お互い気心知れた仲だからって言うのもあるし、何度も合わせてお互いの気持ちもよく分かっているから合わせやすく歌いやすかった。
ベテランだから彼女のいっていることはちょっと厳しいがでもすべて当たっている。
そして自分も思っていることだ。

練習を終えてもまだ歌い足りなくてもう外に誰がいようが仕方ない。わざわざタクシーに乗って練習室を借りるほどの時間的に余裕が無い。

歌はそのときの気持ちがアグレッシヴでしかもいい意味で気が抜けてないと思いっきり歌えない。そういうときに一番Sensitveな声もでる。
26日のチャリティーイヴェントのBiographyと写真とプログラムの再度催促も来ている。私が書いて娘が直し、主人が最後に直すという作業をしてようやくメールで送ることが出来た。

こんなことばかりしていていいのだろうか?
自分の曲が全く進んでいない。明日が終わっても婦人会のことや送別会があったり
時間を作ってピアノに向かわないと進まない。
今夜もこれから少しやろう。

2011年3月 4日 (金)

3月3日

全くひな祭りだということを忘れていた。
でも今日はヴァイオリンとの合わせやら打ち合わせがあるからひな祭りケーキを買いにいく時間がない。
仕方が無いから家で作ることに。
カカオ85%(?)のビターチョコと、松の実を使ってチョコレートケーキを焼く。
なかなかの好評。よかった^^
甘〜い匂いにヴァイオリンの彼女も思わずこの匂いの中で合わせるのは酷なことよ〜
まずはティータイムから。
原調から全音上げてHdurになったTo love you more歌いやすくなった。
ヴァイオリンのSさんは3日前から日本からの船便とお引っ越しでへろへろ。

合わせのあと主催者のお宅へ。
英国の彼女のお宅のヤマハのキーボードを借りて2曲聞いて貰う。
パーフェクト!のお褒めの言葉!やった〜
あとは練習のみ。
でも帰ってから明日の中医の宿題をやらねば。
もうWebに頼るしかない。

2011年3月 2日 (水)

お味噌作り

前々から約束してあったお味噌作り。
大豆を買う係と煮る係を私が請け負ったので会場は我が家で。
日本から麹を買って来てくださった方が先生に。
4人の婦人を招いて+お子さん2人も参加。
手際よく瓶につめて塩でふたをする形でラップをかけ、ふたをして秋になったら食べられる。楽しみ^^
去年作ったという先生のお味噌を頂いたら、とっても美味しかった。

そのあと私の作っておいた餃子の具を皆さんで包んで餃子パーティー。
皮も手作りなので水をつけなくても大丈夫。
点心教室に通って修行をした婦人の手さばきは素晴らしく、これも手際よく包み終えた。水餃子と焼き餃子を両方作って青島ビールで乾杯。

楽しいひと時だった。

富士の会

2月28日

富士の会といって、外国人のご主人を持つ日本人の婦人の集まりに初参加。

その前に、3月8日本番の初合わせ。

耳コピした”To love you more”の楽譜を元にエレピと歌の弾き語り+バイオリンとの合わせ。意外にもバイオリンが目立ってしまい、歌がキーが低くて響かないことが分かる。

更にリズムマシーンを入れると、リタルダンドが効かなくて焦った感じになるのでリズムはやめる。採譜に時間を取られた割には効果は薄い。

やはり前やった、You raise me up と、サティーのJe te veuxの方が映える。

3日に主催者の家にいくのでそのとき3曲聞いてもらって決めることに。

さらに全音上げてバイオリンニストから直しのあったところを打ち直し。

その後彼女と富士の会へ。(バイオリン二ストのご主人はフランス人。)

前回の赴任の際にも一度参加したことがあるけれど。
今回は約20名の参加だった。
会場は、ベジタリアンの「棗子樹」有機野菜と豆腐で作ったお肉もどき、蟹もどきのお料理が意外にも美味しかった。
わいわいがやがや楽しい会だったけれど、私のテーブルに一人アルジェリアのご主人の方がいた。彼女の話は興味深かった。北京の語学学校で知り合い、
イスラム教に改宗して結婚。日本料理、中華は嫌いなご主人。子供は現地校の国際部に通わせる。子供とお父さんとの会話は英語。奥さんとご主人との会話は中国語と英語。国を超えて、宗教、習慣を超えて愛は強いと感じた。
他にもアメリカ系上海人と結婚した方は、頭の中の換算はドル換算。
すると、上海の物価はアメリカに比べて高いという。私たち日本人としてはこちらの物価は安く感じるが。

上海は実にこういった人とよく出会う。こちらに来てそういった方達との付き合いが貴重に思える。

一人一人挨拶して今自分がハマっていること、気に入っているお店などの紹介。

私は先日の婦人会会場を紹介した。

皆さん一様に社交的で明るい。

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