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2010年10月

2010年10月30日 (土)

フードフェア

今日は娘の学校でフードフェアなるものがあった。
各国の料理が各ブースに並び国旗が飾られ舞台では各国のパフォーマンスでにぎやか
日本の和太鼓の団体が非常にかっこ良かった!
日本のブースでは焼き鳥、焼きそば、たいやきとこんぺいとうが売られている。
業者さんが入って本格的に作ってるから匂いでお客を誘う。
私が当番の1時から2時までの最後の時間で売られているものは完売した!

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2010年10月29日 (金)

最後の万博

5月に幕を開けた上海万博もあと残すところ3日となった。

昨日突然のご招待で万博に行って来た。
今まで8時間待ちのときもあったサウジアラビア館へ。
ある方のお陰で待たずに入れることに。皆さんごめんなさい^^;

渦巻き状の坂道を上ること約30分くらいかな?
待ちに待ったサウジ館へ。
ベルトコンベアーのように下が動いているところへ足を踏み入れる。球状の形にゆっくり動きながら・・
目の前にはパノラマの約200度は広がっていただろうか?
すり鉢状の中に入った感じ。
グァ〜ンと下から映像が動く・・・今度は上から・・・
それが海だったり、砂漠だったり、人がウヨウヨいる街だったり、油田だったり、
幾何学模様だったり〜
とにかく自分も動いているし、廻りも全部動いているからまるで吸い込まれていくようなそれを飛んでいるような体重がグーンと重くなったりまた宙に浮いた気分だったり。
これが噂のサウジアラビア館か〜
制作に500億円が投じられているという。
このまま自国へ持っていくということだ。
中では撮影禁止だったので帰りの渦巻きの坂道だけ。

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一緒に行った方の関係者が副館長をされているという太平洋共同館へ。
ハイテクをいっさい使わないロウテクなのだが、人気ナンバー5と地味に人気のある館だといっておられた。
ここは太平洋に浮かぶ島々の紹介(フィジーやサモア、パプアニューギニア等)
途中でサモア島やトンガの現地の人のファッションショーがあってみんな一様に肉付きが良くて^^楽しい生活を送っているのかな?という感じで微笑ましかった。
トロピカルドリンクや現地のヤシの皮で作った宝飾品などが買えた。

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ほどなく暮れて来て浦東側から浦西側へ黄浦江を専用フェリーで渡ります。

このイルミネーションもあと3日でおしまい。
見納めです。

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2010年10月27日 (水)

Birthday Eve

今朝は主人が接待ゴルフで5時半起き。
その後私は主人の誕生日を祝う会のために走り回ったけど仕込みはぎりぎり。
昼からは娘の学校の父母会。
各科目の先生のところへ行って成績や授業態度などを聞く。
一科目約10分。
ほぼ全員の先生が娘のことを”静かで、礼儀正しい。”と言う。
でも静かなのはそうせざるをえないからで、何を言われているのか分からないから質問出来ないっていう。でも問題は分からなかったところを娘が聞けるかどうかなのよ。間違えることを恐れないで前向きに頑張って欲しい。
この体験は今しか出来ないんだから。

本当は明日が主人の誕生日だけどあいにく出張なのでイヴの今日やることに。
今が旬の上海蟹を買うことに。オス、メス一対で買うのが一般的らしく
母も呼ぶので二対買う。数的には4つだけどまあいっか。
地元ワインのDynastyのワイン。高くないけど結構美味しかった。
ささやかだけどいつもの感謝の気持ちをこめて。

上海博物館

今上海博物館には台湾の博物館にある玉(ぎょく)が来ているということで
英語の解説はよく分からなかったけどそのミニツアーに出かけた。
なんどか出会う顔もあれば今日初めて出会う人もいた。
反対の西棟に住む奥さんで香港人の人と友達になった。
彼女はご主人が日本人で日本にも7年住んでいたという。
香港人だからもちろん英語は出来るし標準語も通じる。しかも日本語もある程度大丈夫だから私にとっては嬉しかった。
全く英語だけ、全く中国語だけってなるとどうしても語彙が少なすぎてなかなか言いたいことが通じないけど。
中国の古代玉器の数々。身につけていたものや礼器といって神霊を祀るのに用いるものや実用品から死者のために作られたものなど様々。
玉器はほとんど上層貴族に用いられていた。古代の権力者の家はどんな家だっんだろう?とか人々の知恵と技術と権力者の力はいかほどかと感心させられた。
私が一番気になったのは、ベルトに付いていた玉がすべて楽器を奏でる人だった。
そこに笙を吹く女の人を彫った玉が気になってみていたら団体の中にやはりそれを食い入るように見ている人がいた。
彼女のご主人は日本の大学を出ていて彼女自身も雅楽を勉強したといっていた。
UKの人だった。びっくりした。GAGAKUやSHOという言葉を言っていたから。

本当はまだまだ見る部屋があったが今日は主人が病院に行くのでそれにつき合わなくてはいけない。今度ゆっくり日本語の解説のヘッドホンを借りて一人で見に来よう!
不思議な魅力を持つ”玉”
この字は”王”の持つものという意味があって”玉”という漢字になったという。

2010年10月26日 (火)

急に秋が来た感じ

土日はずっと雨続きで今日も朝からどんより。
今日は朝からピアノに向かって土日に出来なかった分を楽譜に書いた。
ちょっと行き詰まって外に出てみた。
急に風が強くカーディガンの前を止めて手で押さえながら歩く。
もう一枚来てくれば良かったかな?
よく外は歩くけど自分の家の廻りを歩いている気がいつまでたってもして来ない。
いろんな人種が混在している道という感じかな?
ブランドショップが軒を連ねてはいるけど
それはただの見せかけでそこを通り過ぎる人は小粋に見えてこないのは気のせい?

帰ってから今まで書いていた曲を自分の心情と重ね合わせて弾いてみる。
これが本当に作りたかった曲なのか?確かめながら。

気持ちの切り替え、クライマックスの持っていき方、あとは練習して自分に無理のないこと。

エレピのリズムマシーンに合わせてリズミカルな曲も出来てくる。
先が遠い気もするけど手応えはある感じ。
明日は博物館へうちのアパートメントのサービスで解説付きで連れて行ってもらえる。でもおそらく英語か中国語。
日本人の入居率は3割ほどと聞いているがもっと少ないのでは?
でもこの間出た日本人の新歓ランチは日本人の連携の素晴らしさを感じる会だった。中国圏が2回目という人が3人いた。

2010年10月23日 (土)

UN day

秋晴れの昨日は娘の学校でUN dayのイヴェントがあった。
多分娘はこの学校に来て一番楽しい日だったに違いない。
それはそれぞれの国の衣装を着てトラックを練り歩きパレードするというもの。
先ずはマーチングバンドのチューニング練習から始まり一曲披露。いつも通り演奏しながらトラックを一周。いつもの制服ではなくそれぞれの国の衣装を着ているからとっても華やか。

つづいてアメリカのAを先頭に国旗を持った生徒たちの行進。
ABC順に続く。USAコールがかかったりその脇で親たちも盛り上がってトラックを1周。まるでオリンピックの開会式のようだ!

こんなたくさんの国の生徒がいるんだと驚いた。

子供の頃にこんなに楽しいことを経験できる娘が羨ましかったりまた、嬉しかったり。

2010年10月18日 (月)

秋吉敏子Jazz Orchestra in Shanghai

機会があったら行ってみたかった秋吉敏子のコンサート。
ほとんど宣伝されていなかったので間際になって慌ててチケットを買った。
会場の入りは7割というところかな?
20人くらいのオケを引き連れての演奏。
最初ピアノに座らなかったから???っと思ったら、指揮を!!
このメンバーで世界を回っているのかな?
なに!この格好良さは!!
しかもめちゃくちゃ変拍子。
秋吉さんのピアノも素敵!
81歳。現役。全く衰えのない演奏。
鋭いまなざし、的確な指揮。
しかもオーケストラの一人一人のレベルが凄い!
Lew Tabackinさん。フルートを持って吹いていたと思ったら(しかもほぼ即興のように)、今度はサックスに変わってる!!
そして曲によってそれが尺八のようにも聞こえたりまたアフリカの歌のように聞こえたり。つま先立ちで体から音を出していた。
ソロをとる人は立ち上がってマイクのところに立つがそれぞれの楽器一人一人が一晩自分のソロステージをやれるくらいみんなみんな凄かった。
それを指揮してる秋吉さんが一番凄いんだけど。

秋吉さんは遼寧省生まれ。自分の生まれた中国でコンサートをやりたかったと語る。1部は秋吉さんとオーケストラ。2部は中国のニ胡や中国琴、太鼓との共演。
中国琴とフルートの掛け合いが見事だった!
それから、秋吉さんの娘、Monday Michiru
モデルのような綺麗さ。東洋的でもあり民族的でもある姿。
彼女のボーカルも入る。

中国を意識した曲目が並ぶ。でも音楽は1曲1曲すべて違う。
CDを買いたかったが売っていなかった。
プロフェッショナルな素敵な演奏会だった。


2010年10月17日 (日)

Indian Summer

昨日は、まさにIndian summerのような日だった。
ちょっとムッとして汗ばむほどだった。
午前中同じアパートメントのイギリス人の誕生日会に呼ばれ初めてホームパーティーってこんななんだ〜と分かった。
そこへ行くと何度か顔を合わせている主にイギリス人がいっぱい来ていて楽しかった。今日のホストである彼女はここ上海で60歳の還暦を迎え
本当に記念すべき誕生日だった。
テーブルにはありとあらゆるケーキがいっぱい作られ(全部彼女作)それぞれのソファーやベランダで自由にケーキとコーヒーをを楽しむって言う感じだった。

後髪を引かれるようにそこを離れ、今度は世紀公園へ。
上海ミュージックフェスティバルに娘がマーチングバンドで参加するので
親バカでビデオを撮ろうと急いで出かけた。

ほどなく始まり最初はステージで。後からは行進しながら演奏。
その列にみんなが付いて行き微笑ましい光景だった。
楽しかった。こういったボランティアに参加することに意義があるから。

日曜日の今日は住んでるアパートメントの下でファーマーズマーケットでいろんな出店がでる。そこでもこのマーチングバンドが演奏する。
今週は娘にとっては盛りだくさん。夕方はトフルゼミナールの説明会。
夜は私だけ秋吉敏子のコンサートに行く。

もうすぐ主人がチリの出張から戻る。

2010年10月14日 (木)

シンプルでも美味しい

主人の母が風邪をひいて直りが悪いので、中医の生薬を買いに。
日本にはない中医の薬局。
汚い白衣を着た上海語でガッツアガッツアいう人たちに下手な普通話で母の症状を説明する。元々日本人医師のいる漢方の病院でこれが良いというのは聞いていたので薬の種類はバッチリ。

お昼は野菜餃子。母の作る餃子は絶品。でも中身はニラと卵と、油で揚げたパン(油条)のみ。味付けは塩とごま油と味の素。
こんな簡単な材料で美味しいんだから凄い!

残った小麦粉は餅(ビン)という丸いパンに。のばして塩と油を引いてそれをくるくるロール状にし3つに切り分けて更にそれを丸く平らにのばす。
熱したフライパンの上で両面をひっくり返しながら焼く。
さっき層にしたところに空気が出来て凄く美味しい。
これも野菜炒めやお肉を挟んで食べると絶品。

久しぶりに母に会って楽しかった。本当に主人の母は気持ちのいい人。

コンピューターがなぜかどうしてもHPが再アップできなくなっていることに気がついてWNA(コンピューターの会社)へ。8年前と同じ社長。しかも私の名前や住んでいるところなど全部記憶していた。なんということか!
WNAの人が見てもおかしい。これはniftyに直接聞くべきと言われインターネット電話でかけるも向こうの声はクリアーに聞こえているのに私の声がとぎれとぎれだそうだ。
それに話を把握してなくてるのかよく聞こえていないからか、それとも詳しくないのかしかも海外だとコールバックが出来ないという。はぅ〜
もう時間の無駄。

誰かに任せたい。

2010年10月10日 (日)

バーンスタイン特集

今日は昼から頭が痛くいつもの睡眠不足から来る頭痛だなと思っていた。
国慶節は南京に日帰りで行った意外はほぼ完璧に3食作り主婦をやっていたから
あまり休みという感じはしなかった。
外へ出かけても外人が少ないなという印象だったが、昨日辺りからちらほらバカンスから帰って来た感じではないだろうか?
マッサージに行ったがあまり効果は上がらず、結局夕飯はテイクアウトの日本料理でしのいだ。
夜11時頃テレビを付けたらバーンスタインの特集をやっていた。
それを見たら元気が出て来た。
彼のコンサートの模様の途中から見ていたけどなんという凄い曲を書く人なんだろう。
それから「ウェスト サイド ストーリー」のメイキングビデオも素顔が見れて興味深かった。
歌い手もバーンスタインもとにかく本気、そしてめまぐるしく変わる感情の変化。
凄いエネルギーだな〜

2010年10月 9日 (土)

お店の人にご飯をよばれる

国慶節明け、今日は上海の一般の会社は出勤日。娘の学校はお休み。
領事館はやっておりこれはラッキー。
娘のパスポートの期限が迫っており更新手続きに行かねば。
署名はどうしても本人でないとダメなので一緒にいく。
パスポートで本人確認と、荷物の検査を終えて無事中へ。
5年前もここで娘のパスポートを更新している。
もう5年も経ってしまうんだな〜

こちらに帰って来てからずっと美容院に行っていない。
ホテルオークラへ。そんな凄いところで髪を切るの?と思いきや非常に良心的な値段。200元と300元。そしてスタイリストも全員日本人という素晴らしい美容院。
私は先に終わって外をぶらつくことに。むむ?わりと品揃えが良い、趣味の良い洋服屋を発見。夏物が安くなってる。青いカクテルドレスが200元!うわっ!安い!結局値切っても下がらず買うことにした。
店の店員と話しているうちになぜかお昼ごちそうするからと来る。え?いいよそんな〜といっているともう頼んであったらしく早速机に料理が並ぶ。
まあわたしのために頼んであったのではない。量も相当だから一人では食べきれないからということだろうが。まいっか。良い人そうだし。いただきま〜す!

色々話していくうち彼女の素顔が見えてくる。
青島出身の彼女は現在35歳。店を構えて1年ちょっと。家はほど近い50平米の1DK家賃2800元。どうやら同じアパートに住む日本人のおじさんとつきあっていたらしい。おじさんは58歳。しかし前の彼女が北京から帰ってきたらいきなり自分のことはシャッタアウト!連絡が取れないという。
だいたいからしてこんなことを日記に書いていること自体どうかと思うが
でもここ上海に来て地元の人とふれあうことはほとんど挨拶程度。でもこんな人なつっこい人もいるんだと思って。
なぜか私のために豚の角煮も追加注文してくれて届けに来たウェイトレスの言った言葉。!あなたはいつもそんな笑顔私に向けてくれないじゃん!
あちゃー!私は聞いてわからないふりをするしかなかった。
日本人客は彼女にとっては高く買ってくれるからいい客なんだろう。
まあ今度友達を紹介してねっていうことなんだろうけど。
まあ少しだまされてもいいや。彼女たちにも生活があるんだし。本当にいいものを買おうと思ったら日本で買おう位の気持ちだった。

2010年10月 6日 (水)

南京日帰り旅行

上海から新幹線で1時間余りで南京に行けるということで私たちは南京へ日帰り旅行へ行って来た。
1時間?前は3時間かかってたんじゃなかった?
時速330キロ平均で走っていた。しかも上海駅と上海虹橋駅と両駅から発着する二つのラインがあるという。これも驚いた。

南京に降り立つとむせるような金木犀の匂い。

上海のタクシーも怖いけど南京のタクシーはもっと怖かった。
車線変更するのにウィンカーを出さずにびゅんびゅん抜いていく。
しかもすれすれのところで!

最初に向かったのは南京大虐殺記念館。

パット目に飛び込んで来たのは狂気に満ちた老婦人が天を仰ぐ大きな像。
亡くなった老人を担ぐ少年・・・
思わず言葉を失う。
モノトーンの近代的な建物広い広い会場。
そこにおぞましいほどの戦争の足跡が残されていた。
今や人々はこんなに幸せそうに楽しそうに肩を寄せあい写真を取り合って
国慶節を楽しんでいるが、1937年、今から73年前には日本がこんな惨いことをして来たなんて・・・

もう一つは総統府。
北京に首都を置く前の中国の首都が南京だった頃、政治を執っていた総統府。
古くは明朝の時代にさかのぼるという。
孫文、蒋介石が政権を握っていた頃のオフィスがそのまま残っていた。
レトロな洋風文化も取り入れた和洋折衷の建物
敵の爆弾を受けないための防空壕も公開されていた。

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南京は日帰りするには時間が足りなかった。
本当は孫文を祀った中山陵にも行ったのだがタクシーが山の中腹で渋滞のため立ち往生。5時の新幹線のチケットが買ってあったため諦めた。

最後は南京駅近くの玄武湖を眺めて。

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