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2009年3月

2009年3月30日 (月)

日曜喫茶室

今日は出かける予定だったのだが、お昼頃FMを付けたら、”林光さん、日下武史さんがゲスト”というアナウンスが!こりゃ聞かなきゃ!と思い、編み物をしながらラジオにかじりつく。

日下武史さん、林光さん、浅利慶太さんは高校が慶応で同級生。この3人が慶応高校の演劇部を作った。というそうそうたるメンバー。戦争の混乱期によくぞ演劇の活動をやっていたねということだったが、日本が戦争で食べるものが無いような時代に、もう”アラジンと魔法のランプ”に曲を付けたりして、活動していたんだそうだ。日下さんと、浅利さんが、今の劇団四季の元を作ったという話だった。は~そういう流れがあったんだね。

林光さんのお父さんは喉の医者で、やはりあの時代、家にピアノがあったんだから、金持ちだったわけで、日下さんは家庭の事情で、演劇をやらずにアルバイトに出なくてはいけなくなってしまった頃、よく林さんの家に行って、夕飯をご馳走になっていたそうだ。今思えば、日下さんは逗子の自宅から、学校の日吉まで通う電車賃をどうやって捻出していたんだろうと呟いていた。

興味深かった話は、最初にNHKに頼まれたのは30分の劇音楽「安寿と厨子王」。とにかく、締め切りはあるし、若かったから必死だったけど、そのときに作った音楽が、今まで作ったオペラや劇音楽の元になっていると言っていた。

それは例えば、同じ”お父さん”でも、子供がおねだりするときの呼び方と、お母さんが怒って呼ぶときと、遠くにいるお父さんを呼ぶ呼び方と、、、さまざまな場面があって、それに応じて、音の高さや、長さもぜんぜん変わってくる。   なるほどな~

劇団四季の練習は母音でつなげて声を出すことと言っていた。

これはベルカント唱法と同じだと思った。ちゃんと母音を響かせてお腹から声を出す。

途中で日下さんの語りで、林光さんのピアノの生演奏というのがあったが。

非常に淡々としているんだけど、心に入ってくる。しかも音楽は言っている内容と同じことをやるんではなくて、奇をてらう音を鳴らす。

尊敬する韓国の作曲家(名前は言わなかった)は”自分の必要な音だけを書きなさい”

といったそうだが、その人の曲はものすごい音がいっぱい鳴っていると言っていた。

2009年3月29日 (日)

アンサンブルNIZIコンサート

友達の娘さんがアンサンブルのヴァイオリンで出演するので、下北沢の北沢タウンホールへ。「アンサンブルNIZIコンサート」

ヴァイオリンの先生がお母様で主催者、その娘さん、息子さん共にヴァイオリニスト。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番と第5番を娘さん、息子さんがそれぞれソリストを務める。このハイレベルなご家族。もの凄いな。

ドビュッシーの小組曲「コルテージュ」のピアノ連弾と、石松伸一氏編曲によるアンサンブル版との聴き比べ。ピアノ連弾の方が良かった。弦楽器に置き換えてしまうと、角が取れてしまってモアッとした感じになってしまっている気がした。

チェロの方で飛びぬけて一人だけ楽しそうに弾いている人がいて、友達の知り合いらしかったから、終わった後、一緒にしゃべった。ウィーンフィルの人と一緒にやる機会があったとか、ベルリンフィルとはこうも違うとかなんか・・・この人がプロでないのはおかしいと思っていたら、医大の准教授!だった!医学的な立場から、チェロのいすの高さは膝と床が平行が良いとされていたが、本当はそれだと、腰に負担がかかってよくないし、おなかを圧迫することによって、腹式呼吸が出来ないから、足の付け根が120度が良いんだって。

体にまっすぐにチェロを構えると弓の動きの最後がつらい。だから、構えをもうちょっと左にするといいらしい。そのチェロ奏法の書いてある本のタイトル「身体に優しいチェロ奏法」調べたら、品切れ!本当は2310円なのに、うひゃ~中古で8000円!高いよ~

2009年3月26日 (木)

届け!この思い

昨日、バイエルマニアの小池さんの訃報を聞いてずっとやりきれない気分。

彼の好きだった「駅前交差点」を小池さんに捧げます。

安らかにお休みください。

2009年3月24日 (火)

小林道夫先生講座~その2~

今日は会場にヴァージナルという(チェンバロの一種)楽器が置いてあり、30分前位にもかかわらず、もう席を取っている人が。今日は野村先生とご一緒に講義を受ける。

バッハのインベンションの1番を例に出して、1拍目の16分休符があることによるこの曲の効果を探る。3拍目が強迫になるが、それ以上に2小節目の頭がもっと待ち遠しくなる(もっと大切な拍になる)

これって指揮者の感覚だよね?手品師の登場の仕方を例にとっておっしゃっていたけど、見てる人、聴いてる人に、”え?何?”~”うわぁ~そうか”みたいに思わせるっていうか。このテクニックはシャレてると思った。こんなこと一つ取ってみても、バッハって凄い!

カデンツが節目になって、その中で繰り広げられる単なるカデンツの動きだけではない変化が面白い。絵的に見たときに、常に16分音符が途切れず続いている。そして、16分音符が両手になるところで、ちゃんとクライマックスが来る。しかも音程も高い。  なるほど・・・本当だ~凄い!

ゴールドベルクの1番のトリルも何種類も例があるのにフムフム・・・

きっと先人が、あーでもない、こうでもないって論理立ててやった功績だろうか。

でも、こことここのリズムが同じだと”カッタルイんですよね?”の言葉にやけに反応をしてしまった私。今書いている曲を家に帰ってきて見てみると、そんな所だらけ。凄くショボク聞こえる。

正直、バッハの音楽の精神が、今の自分に生かされるかどうかはあまり定かではなかった。でも、より素敵なものを目指して音楽を作っていこうとした精神は今でも学ぶべきなのかな?と思った。足元にも及ばないけど。

ちょっとこの曲知っているくらいでは、到底付いていけない部分も多々あった。

紐解いて自分がやって、いろいろ調べて、苦労してみて初めて、なるほど~っと思えるのかと思った。

2009年3月23日 (月)

FMラジオから

昼間、家事をやりながら何気なくつけていたNHK-FM。

後で調べたら、「トーキング ウィズ 松尾堂」という渋谷の老舗の書店から?らしい。そんなとこあるの?タレントの松尾貴史の番組だった。

非常に興味深いことを言っていた。

明大教授の斉藤孝さんが言ってたけど、どんな生徒が就職の内定を取っているかというと、伝わるように話せる人、後は声が大きい人なんだって。その先生の授業は、ニーチェの日本語に訳されたものや、日本の作家の作品を朗読するんだそうだ。小学校のときは国語の課題でそういうのあって、毎日親がサインしてたな~ 後はストップウオッチを持って1分間で自分を紹介する練習をする。なるほど、なかなか自己紹介って出来ないよな。今ほどしゃべることが要求されている世の中は過去に無かったって言うんだけど、そうだよね。どんな人かって言うより、何を言ったかでその人が判断されちゃうもんね?

コンサートでもレクチャーコンサートのほうが、聴いているほうも気楽に入っていかれるしね。

また時報の声の中村啓子さんの言葉にも心動かされた。

聖書の言葉の中で”人がやって欲しいことをやる。人がやって欲しくないことはやらない”これって簡単なようでなかなか出来ないよね?

私は身内に対して結構考えないでものを言って、傷つけているのかもしれないなと反省。

P.S.松尾堂は実在しないのでした。ラジオの中だけの架空の本屋さんでした。でも、あったら行きたかった。

2009年3月19日 (木)

レッスン日記

野村先生のレッスン

バルトーク「ルーマニア民俗舞曲」

チェルニー30番、40番

先生のワンマンショーが続く。

今までつまらないと思っていた曲が目の覚めるように生まれ変わる。

ぺリオーデ(節)はアゴ-ギグ(テンポの変化)と、デュナーミク(強弱、cres. dim.など)で表す。

その人なりのぺリオーデが無いと、美しい音楽にならない。

家に帰ってきてフィナーレに向かう。これがいけないのかなとも思う。

電気的な音に紛れて、自分の作りたいものが分からなくなってしまう気がした。

感情のひだの様なところを音にしていく。これは普段の心理状態ではだめな気がする。スイッチを切り替える、楽器の音を鏡にして自分の想うところを表す。元になる想うところが無いのに音にはならないよね。

2009年3月17日 (火)

小林道夫先生

「バロック音楽と共に生きる現代の音楽家たち」第3回

今日は小林道夫先生を迎えてチェンバロのお話

まずはチェンバロの構造から

ペダルが5本有ることを初めて知る。(7本のものも有る)

バッハのカンタータNo.202、フランス組曲 アルマンド、イギリス協奏曲、ヴィヴァルディーのソナタ(ランパルのとの演奏)クープランの「恋のうぐいす」フャリア「チェンバロのコンチェルト」などの曲を試聴しながら、5つのペダルのどの部分を使った、使わないの音の差を小林先生の解説を聴きながら聴いていったが、あまり違いが聴き取れなかった。

今日先生の言われたことで心に残ったのは、オーレル・ニコレとの共演の録音を聴きながら言った言葉・・・

バッハの音楽は時代を超えて、ジャンルを超えて、その音楽の中に建造物のような巨大さがある。その巨大さは、ニコレのような演奏でないと、浮かび上がってこないんでしょうね。

約1800年を境に、それ以前の楽譜は薬で言えば処方箋のような調合法のような読解法がないと楽譜が読めなかった。しかしそれ以降は、演奏法そのものが、楽譜の記譜となった。

ランパルの演奏を聴きながら、すごく練り上げられていますよね。歌いこまれている。一音一音が歌のようだ。

フルーティストはプリマドンナのような要素を持っている。常にトップにいないと気がすまないような。

以前は来日したバックハウスの演奏や、ギーゼキングの生の演奏を聴いてもうその夜から世界観が変わってしまったかのような、興奮があって、自分はそういうものを追い求めてきているんだけど、今の音楽界は、何か一番大切なものを欠いているのではないか?と。

世界でも巨匠と言われる方々との共演で名高い小林先生は、76歳!そんなお歳とは思えない、若々しいまなざし。音楽に対する鋭さを随所に感じる講座だった。

2009年3月13日 (金)

優勝おめでとう!

今日は、娘の学校の合唱コンクール。中1のときは、5クラスすべてが「怪獣のバラード」を歌って、それぞれのクラスが、打楽器を使ったり、ヴァイオリンのソロが入ったり踊りが入ったりと、思考を凝らした演出が見ていて楽しかった。

今回は、娘は指揮者!ずいぶん前から楽譜をもらっていた割には、本格的な練習は期末試験が終わってから。だから試験が終わってたった3日??

どんな出来ばえかと思いきや、終わってみたら、優勝を獲得!!

曲は、工藤 直子作詞、木下牧子作曲「はじまり」

楽譜をテープで貼ると、譜面台に並びきらないくらいの長さ。よくピアニストもあそこまで仕上げたな。と思ったけど。

8分の6拍子を2拍子で振って、しかも、後ろから見てちゃんと8分の6を意識して振っているのが分かって感心した!

盛り上げるところは左手を上げて盛り上げ、切るところは左手を下げ、ちゃんと歌うパートを見てあげていた。Oh~!よくやった、よくやった!!

優勝の表彰を受けている娘が、親バカながら誇らしかった^^

2009年3月10日 (火)

誰がためにクァルテットは響く

先週に引き続き、「バロック音楽と共に生きる現代の音楽家たち」第2回

”誰がためにクァルテットは響く”田崎瑞博先生

会場には数多くの珍しい弦楽器が並ぶ。

バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンにおける弦楽四重奏曲の歴史をたどる。

記念すべきハイドンの弦楽四重奏曲 作品1-1を聴く。第3楽章

第1ヴァイオリンが旋律を奏で、ほかの三声は伴奏を受け持つ。単純明瞭な美しさが際立つ。 作品20-1”太陽四重奏曲”になってくると、各パートが複雑なことをやり構造も難しくなってくる。

曲の触りだけを聞いているので、詳しく聞いてみないといけないなと感じる。

途中で、古典楽器のチェロでのバッハの無伴奏チェロの演奏も。

支えの棒の無いチェロの演奏をはじめてみる。

同じ悲しみの表現でも

”概念として”→”客観的”→”主観的”→”自己との会話”に変化している

コンサートに一人で行って、一人でこそっと帰っていく、誰にも自分の気持ちを伝えずに、でもすぐに帰りたくない。その気分に浸りたくて、夜道をさまよってみる。そんな人もいるという。先生ご自身も。

音楽とは最初は貴族や、教会の音楽として発展し、ハイドンとモーツアルトは互いに切磋琢磨し合いベートーヴェンは自己表現、自らの進化のためもうやったことはやらないという主義を貫き通す。

弦楽四重奏曲を演奏するスタイルの絵はマージャン台の様な四方に楽譜が立てられる正方形の机に4人が向かい合って座る。そこで聴く人は脇でたった4,5人しかいない。しかも女はそこには入れず、ドアの向こうからそのおこぼれを聴く。弦楽四重奏は非常に閉ざされたコミュニティーで演奏されていた。

しかしベートーヴェンの「ラズモフスキー」の曲風は、演奏も難しくなり、プロに任せた公開演奏的なスタイルを持つ。などなど。。。。

まとまらないが、田崎先生の熱意に予定の時間を大幅にオーバーして、質問も多く出て、なかなか聴き応えのある講義だった。

2009年3月 6日 (金)

林光+姫田大

川崎市民ミュージアムのコンサート。今夜は林光と、姫田大で「風のコンサート」川崎篇と題して、フルートとピアノ

林光さんの曲は、以前「四つの夕暮れの歌」という、私にとっては日本歌曲としてはセンセーショナルな出逢いがあった。

デビュー60周年なのだそうで、78歳という年齢!!?非常に動きがお若い。精神は非常に若いと感じる。

登場から、黒のシャツに黒のパンツそして、さすがと思ったのは、マホガ二ー色のピアノとコーディネートされたとしか思えない、深紅のベルトと、同じ深紅のポケットのハンカチーフ~

プログラムは

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バッハ フルートソナタ ホ短調(となっていたけど実際はこの曲ではなかったはず。短調の曲ではなかった。)

ドビュッシー 「シランクス」

武満徹 「エア」

バルトーク 「ルーマニア民族舞曲集」

林光 「フルート・ソナタ<花のうた>」

武満徹/林光:編曲「死んだ男の残したものは」

アンコール

エネスコ(間違ってなければ)「カンタービレとプレスト」

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率直な感想は、~オール林光で聴きたかった~

特に聴き応えのあったのはやはり「フルート・ソナタ」

思わず、帰りにCDと楽譜を購入。

この曲は、1967年義姉の林リリ子のフルート、林光のピアノで、カーネギーホールで初演されている!!

家に帰って、聴きながら、楽譜を見ていると、あんな即興的に聴こえるのに形式的にしっかりしていることに気がつく。3楽章は拍子記号も無いが(これは印刷ミス?)ピアノとフルートが同等。混沌としたこのニュアンス

日本を代表する作曲家、巨匠といっても過言ではないと改めて思った。

 

2009年3月 3日 (火)

有田正広先生の講演

「バロック音楽とともに生きる現代の音楽家たち」と題して4回シリーズの今日は第1回目。

フルートの歴史と共に、バッハの音楽を中心に視聴や解説が続く。

バッハの音楽は少人数で親密に聴く音楽であるゆえ、今でもお客は100人でも多いと有田先生は言う。先生の吹いた古楽器のフルートは今のフルートに比べて、非常に音量も小さく、素朴な感じの音だった。

今日のお話の中で、印象に残ったのは、レトリック(修辞学)についてだった。例として、モーツァルトの「交響曲第40番」の音形に見られる動きは、躊躇、憧れ、絶句、緊張など・・・

シューマンの「子供の情景」から「異国にて」の2つ目の和音は異国への憧れ、不思議さを表し、それが2回続いた後、もともとの和音に戻ることにより、確かな歩みを表す。

音符一つ一つに意味があるとしたら、私の作っている音は意味があるのか?と思ってしまう。

レトリックの勉強は大変奥が深く、興味深いものなんだろうと察する。

でも、これは知る必要があると感じる。作曲者のその曲を作ったときの生活環境にも非常に影響しているし、気持ちを音に表すんだから、言葉よりもある意味説得力があるんだろうな。同じ絵画を見て、その深い意味を知らなくても、どんな人でもある感情が沸くように。

バッハが300年以上も人々に聞き続けられている。演奏形態もその時代時代のニーズに合わせて進化していくのは当然であるという。古楽器の時代のフルートはあの時代としては最先端であったわけで、当時の楽器を使うことばかりを考えるのではなく、現代のホールの環境、楽器の進化を考えた上で、考えるべきであると。今度7月から始まるバッハのレコーディングには、この楽器を使いますと、高々と、現在のフルートを持ち上げた。

2009年3月 1日 (日)

夜はゴールデンタイム!

新聞を見たら、今日は午前11時半からもう、「おーいニッポン@東京編」というNHK-BS番組は始まっており、本当に見たかったのは最後の30分。

吉松隆さんの編曲による「東京ラプソディー」最初のファンファーレからOh~!という感じだったけど、さすがと思ったのは、ユーミンの「春よ、来い」が鳴りながら、「春の小川」が聴こえた瞬間。それから、雅楽の東儀さんが、「夜空ノムコウ」の中で、英語のラップをやったこと!後から分かったけど、オケに混じって、吉松さんもシンセサイザーを弾いていたんだって!

髪の毛自分で切ってる?っていうロン毛だった^^

その後のFMラジオも超スペシャル!!

今日は、ヘッドホンで聞きながら大爆笑だった。

中村紘子さんのデビュー50周年!!なんという!

まだ、日本が高度成長期で地方にホールというものが無い頃、学校の講堂のようなところで演奏会をやったときの話。”禁煙”なら分かるけど、”禁酒”って言う張り紙! クラッシックを聴きながら、お酒を飲んでもいいと思っているお客がいたらしい^^うわ~凄いな~

ドレスに合わせて持っていったヒールの靴を見て、”土足厳禁!これ履いて”と出されたのが、緑色のトイレで履くようなスリッパ@@

あまりに可笑しくて、おなかがひくひくなったよ^^

でも、そんな馬鹿なこと言ってないで。今日は素晴らしい収穫があった。

矢代秋雄という作曲家。初めて知った。中村紘子さんのピアノで「ピアノコンチェルト」この曲は衝撃だった。日本人でもこんな感覚の曲を書く人がいたってことを。若くで亡くなってるんだね。46歳。こんな音の感覚で曲を書けたらなと思った。

吉松隆さんと、鈴木大介さんのコーナーも面白かった。人見記念講堂で本番を終えて、その足でNHKでしょ?大阪万博の話をしていた。そのとき、武満徹さんの作曲の曲が、ものすごい数のスピーカーから聴こえて来るという凄い企画のアトラクション?があったとか。今で言う5,1サラウンドか?

あっちからもこっちからも音が聞こえてくるという感覚で音を作っているなんて、今の私には到底そんな余裕ないよ。

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